ハワイ 3
魂の記憶?
「ハワイ語ではプウケカアと呼ばれるブラック・ロック
ここは昔、古代ハワイアンの神殿であり非常に神聖な場所でもありました。
そしてここの場所から人々の魂は飛び立っていき先祖のいるものは先祖のもとに戻り、いないものはそのまま岩の周囲に漂い続けるといった言い伝えがされています。
そのため、とても神聖な場所であるブラック・ロックですが、人々は恐れて近づくことはごく稀だったそうです。
そんな神聖な岩の上から海に飛び込むことで、士気を鼓舞した人物がいたそうです。
それは勇猛な戦士だったカヘキリです。
昔、マウイ軍の兵士は度重なる戦いに疲れきって戦意を喪失していました。そこでカヘキリはこのブラック・ロックから自ら飛び込むことで、部下の兵士たちのやる気を取り戻し、ハワイ島からの軍勢を破ったというのです。」
⬆︎とあった。
カヘキリと言うのはカメハメハの前にハワイを統一していた人物のようです。
そして今でもクリフジャンピングの儀式も残っているようだ。
私がハワイへ行く前に太鼓の音と言うものが気になっていた。
たまたまテレビで和太鼓の演奏を見た時に胸が高鳴り魂が上がって行くような感覚になった。まさに鼓舞するとはこの事かと思った。
その後すぐに佐渡島へ初めて遊びに行ったのだが、そこは和太鼓となにか縁のある所らしく、私は前世で部族の戦士とかだった事があるんじゃないかなあと、ふと思った。
ハワイでもハワイの伝統芸能の踊りでも力強い太鼓の音を聴いてなにか心がうずうずとした。
追記
ブラックロックで調べた時にたまたま一緒に赤い亀の写真があって、以前に瞑想した時に赤い亀を見たのを思い出した^o^
⬆︎過去記事よりハワイ 2 (ホテル カリフォルニア)
ホテル カリフォルニア
ハワイ 1
美女と野獣
昼間に温泉へ行って夜に美女と野獣の映画を観に行った。
露天風呂に入りながらぼ〜っと空を見上げていたら雲がなんだか怖い顔に見えてきた。
やだ…と思っていたら、すぐその横に今度は犬や狼みたいな形の雲が、その怖い顔の雲を追っかけているように見えてきた。
すると同時にどっからか犬の声が聞こえてきた。
私は悪魔みたいな形の雲を犬の雲が追っ払ってくれたんだな、と感じた。
その雲が消えても雲の形が面白かったのでずっと見ていた。
すると今度は馬のような形の雲の上に羽根の生えた人の形が見えた。
馬の上に天使が乗っかってるみたいだな、と思った。
それを見ながら昔の人もこうやって雲から絵の着想していた人がいたかもしれないなあ、なんて考えていた。
そして夜に映画を観に行った。
美女と野獣のアニメは大好きだったので楽しみであった。
はじめの方はどうもハリポタを観ている気分にしかならなくて、中々内容に入っていけなかったが中盤になってやっと楽しめるようになった。
実写版にはアニメにはない要素もチラホラとあった。
その中でアニメにはないセリフが気になった。
ベルが自分の為に怪我をした野獣を看病している横でつぶやくように言ったセリフ
「愛は目で見るものではない、心で見るのも。だからキューピッドには目が付いていないの」
と言うものだった。シェークスピアの作品に書かれているようだ。
私はツイン現象が起きた頃からプシュケとエロスの話が気になっていた。
しかしキューピッド(=エロス)が盲目だとは知らなかった。
それで気になってキューピッドについて調べてみた。
一般に恋は盲目というがLove is blind、これはLOVEを本当はエロスの事を言っているのを恋と誤解して訳してしまったと書かれていた。
それからエロスとプシュケの事を見ていたら、黄金のロバという話があった。ローマ時代の小説らしい。
この話の中でエロスとプシュケの話が出てくるようであった。
それでふと、昼間見た雲の事を思い出した。
馬の上に乗っかってる天使の雲、あれは馬じゃなくてロバだったんじゃないかしら?と。
それともベルの父が森で迷い狼に追われて野獣の城に入る事から話は始まる。
その後にベルが馬に乗って父を助けにやってくる。
野獣にとってベルはまさに天使のような存在に違いない。
なんだか昼間の雲と繋がっているような気がしてしまう。
映画のエンディングのセリーヌディオンの歌もとても感動した。
「私達が手離してはいけないもの、それは愛」
ところで映画を観る2日前にコンビニで手塚治虫の火の鳥、太陽編と言うのを買って読んだばかりだった。
その表紙に「永遠に生き続けるもの、それは愛!」
と書いてある。
火の鳥を読んだのはこれが初めてだった。
他にも火の鳥シリーズがあるようだが、これが1番最後に描かれたもののようだ。
これは過去に愛を誓いあったが結ばれなかった2人が生まれ変わり最後に結ばれて人間界から抜け出るという話だ。
なにかアセンションやツインソウルを表しているような気がした。
犬のこと 4
メンターと言えば自分をその道へ導き良き助言などをする存在のことだが、
私のスピリチャルを目覚めさせてくれたのは我が愛犬だった。
彼らは直接 私に話しかける事はないが、知らぬ間に私達は彼らとテレパシーの交流をしているのだと思う。
以前飼っていたハスキー犬(雌)(Fの前にいた犬です)が老犬になり、それまでは庭で放し飼いをしていた。
昔は犬は外で飼うのが常識だった。
しかし、どんどん彼女の体が動かなくなっていくので玄関の中に寝床を作った。
食べ物も食べなくなり、私にできることはただ硬くなっていく彼女の体をマッサージしてやることだけだった。
彼女はそれでも懸命に生きようとしてるように思えた。
しかし、それもとても辛そうで、私はマッサージをしながら「辛かったら頑張らなくてもいいんだよ」
と思わず話しかけた。
そして彼女は翌朝に亡くなった。
それから3年の彼女の命日が近づいた頃、
その前の年までは命日をしっかり覚えていて御線香や食べ物も供えていたが、なぜか前日までは覚えていたのに当日はすっかり忘れてしまっていた。
そのまま夜中2時頃になり私は1階の部屋から2階の自室へ行こうと真っ暗な玄関へ向かった。
すると真っ暗闇の玄関にうっすらと彼女が座っていたのだった。
青白い感じだった。周りには光がなく窓から月明かりが入っている程度であった。
光ている訳ではなく、青白く彼女の姿がある、と言う感じだった。
私は後にも先にも霊を見たのはこの時だけで、あまりにも驚いて「怖いよ〜!」と叫んで自室まで逃げかけて行った…
我ながらなんと白状な飼い主か…(汗)
よく年老いた猫が魔法が使えるようになる話など聞くが、それは猫に限ったことではないと思われる。
彼女(ハスキー)は他の犬種に比べてあまり感情を表に出す犬ではなかった。
大型犬の印象らしく、あまり物事に動じていないかのようにいつも飄々としているイメージだった。
しかし歳をとるにつれて、どうも彼女は私達の言っている事を理解しているようだと思うようになった。
(この頃はまだスピリチァルの事も知らない頃だった)
最近では家の中で常に一緒にいるので彼らが私達の事を理解しているのはわかるが、昔は今ほど犬と近くにいる事も家の中で飼う人もほとんどいない時代だった。
歳をとって歩くのもゆっくりになり夜、誰もいない畑の中で綱を外しても私の近くで草の匂いなどをクンクン嗅いでいるだけだった。
しかし、さて綱をして帰ろうと捕まえようとすると彼女はひょいと素早く身をかわすのだった。
だからと言って遠くへ逃げるのではなく、まるで私をからかって楽しんでいるかのように、捕まえようとすると身をかわすのを繰り返すのだった。
またある時、友人と共に犬の散歩をしていたところに、近くの大学から団体の若い男達が出て来て私達に近づいてきた。(通り道なので)
そしてその若い男衆が彼女を囲む形になって「かわいい」と彼女を褒めてくれていたのを私と友人は後ろから見ていた。(長い綱だったので)
いつもは尻尾もほとんど振るのも見たことなかったが珍しく彼女の尻尾が小さく揺れていた。
そして彼女を取り囲む若い男衆の顔を次々と見た後で私達の方へ振り返った。
その時の彼女の笑顔は一生忘れることはないだろう。
今まで他の犬種も飼った事があるし、たくさん犬の写真も見てきたが、あんなに喜んでいる犬の笑顔は見たことはない。
友人も、犬も笑うのかと驚いていた。
犬が口を横に開くと笑顔に見えるが、
あの状況を考えると明らかに彼女が褒められて喜んでいたとしか思えない。
最近ではペットが喋った!とか言う人がたくさんいるが(直接、人間語を話すのは信じてないけど)
明らかに彼らは私達の言う事を理解しているのは確かだと、この時から気づき始めた。
⬆︎過去記事より
三峰神社
昨年末頃に行きました
⬇︎
やっと三峰神社へ行って参りました。